タンマガーイ寺院について :: Dhammakaya Foundation & Wat Phra Dhammakaya : World Peace through Inner Peace using Meditation Practice 

 

 

タンマガーイ寺院について
タンマガーイ寺院へようこそ 社会の平和と発展は,物理的技術の発展によるものだけではなく、精神の向上も大切な要素です。その精神的なものは、自分と社会、世界に対しての責務をもたねばなりません。 どの国においても、もし社会に対する責務を持つ人がいるのなら、『社会と世界の人々から何かを求めるのではなく、自分自身が社会と世界に対して何ができるのか考えること』でしょう。 ルァンポー・タンマチャヨー住職の指導の下でタンマガーイ寺院とタンマガーイ財団は、社会への責任を持つものとして誕生しました。 そして、社会と世界平和の発展のために、これまで40年間変わらずに活動しており、これからもその活動を繰り広げていく決意です。 タンマガーイ寺院の歴史 総本山タンマガーイ寺院は瞑想を実践するのに相応しい寺院です。これは、プララーシャパーワナーヴィス住職(=ルァンポー・タンマチャヨー)とクンヤーイ・アージャーン・ジャンの堅い決意のもとに生まれました。仏陀が存命されていた時のように、心を爽やかに落ち着かせ、瞑想が出来るようにという堅い決意です。そして「良い寺院、良い僧侶、良い人の育成」という構想を打ち立てました。これまでの40年間、タンマガーイ寺院は人々の心に道徳を植え付け、今の時代、かつ世界中の人々が必要としている良い人間を育ててきました。現代社会の問題は、道徳の欠けている人々が起こす事件が多くなっていることです。これを感じたルァンポーは社会問題を解決するために、最適な方法としてタンマガーイ寺院に人々が集まり、良い事を行なう場所にしたいと考えたのです。   寺院を訪れる人々は、当初数百名だけだったのが、数年で数千人、数万人と増えていきました。命をかけて寺院建設を行ったルァンポー・タンマチャヨーとルァンポーに賛同した仲間達がいなければ、このような成功を収めることは出来ませんでした。ルァンポーは、瞑想によって人々がタンマガーイに到達し、本当の意味での心の幸せを感じて欲しいと願ったのです。この地球に暮らす人々がこの幸せを得ることで、争いのない世界、そう本当の平和がもたらされるでしょう。  プララーシャパーワナーヴィス住職(=ルァンポー・タンマチャヨー) はカセサート大学在学中にクンヤーイに出会い、瞑想をするようになりました。クンヤーイの指導のもと、瞑想をすればするほど、タンマガーイへの悟りの道という価値、プラモンコンテープムニー大師の偉大さに心を打たれたのです。そして大学卒業後、1969年8月27日、パークナーム寺院の本堂でプラテーパウォンウェーティ(現在のパークナーム寺院住職)から許しをもらい出家し僧侶となりました。   それ以降、ルァンポーは瞑想に興味のある人々に対し、パークナーム寺院の中にあるタンマパラシット瞑想室を利用し、瞑想指導をするようになりました。その数は瞬く間に膨れ上がりました。瞑想に来る人々が増えたことをきっかけに、クンヤーイと相談した上で二人は新しいお寺を作り、そこで瞑想指導や仏教の教えを説こうと決心されたのです。そして、数名の仲間を集め、「仏教がより、人々の心へ伝わりやすく、瞑想をするのに相応しい、静かで清潔な寺院」を目標にタンマガーイ寺院を作りはじめました。 ルァンポー・タンマチャヨー、クンヤーイ、僧侶、信者が力を合わせ団結し、何もなかった196ライの土地を木々や草花の茂る人々がここを訪れることで心休まる場所へと変えていくことが出来ました。それはまさに、仏陀の時代にあった寺院の姿を再現したかの様な静かで心の安らぐ、瞑想をする者にとって楽園といっても過言ではないでしょう。     堅い決意をもって  総本山タンマガーイ寺院の生みの親は住職であるルァンポー・タンマチャヨーとクンヤーイです。この二人の堅い決意が寺院を作る原点となり、仏陀の教えが人々の心に染み渡るようになりました。世界に本当の幸せが来る日を願い、この寺院は創られたのです。

二人の堅い決意は、プラモンコンテープムニー大師から受け継いだものです。大師は命を掛け瞑想に励み、タンマガーイに到達することが出来ました。191710月の満月の夜、バンクーウィアン郡ボーボン本寺院で、大師は悟りを啓いたのです。それは仏陀が入滅してから約2500年後のことでした。大師は悟りを啓いてから、仏陀の教えやタンマガーイ瞑想法を多くの人々に広めることに努めました。この行為でパークナーム寺院を有名な寺院へと押し上げました。たくさんの弟子達にこれまで教えたタンマガーイ瞑想法を世界中へ布教するようにと言い残し、1960年にこの世を去りました。

クンヤーイはタンマガーイ寺院の生みの親の一人です。プラモンコンテープムニー大師に「二番目はいない」と言われた人物です。クンヤーイは大師の遺志を継ぎ、数名の仲間とインプラヤット・ペータヤポンサーウィスタヤーティバディーが布施として提供してくれたパトゥムタニー県クローンルアン郡クローンサーン区にある196ライ(97千坪 1ライ=1600㎡=約485)の田んぼだった土地を自ら切り開き、1970年のマーカブシャーデイにお布施された2300バーツを基にしてタンマガーイ寺院の前身であるプッタジャック瞑想部屋を創りました。その後、広くタンマガーイ瞑想法を布教していくために、タンマガーイ寺院と名付けました。そして、その時からルァンポー・タンマチャヨーがタンマガーイ寺院の住職として多くの方々に仏教の教えを説き、瞑想指導を行なっています。

 
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